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<検討したい項目>
・国際都市を目指す為に、経済特区の誘致を目指す

 富山には、日本海側で2箇所しかない「特定重要港湾 富山・伏木港」を抱えている。特定重要港湾とは、国際貿易で特に重要な拠点を、政令により指定された港湾で、全国に23港が指定されている。
 富山・伏木港は、富山港・富山新港・伏木港から構成され、貿易額は一時期伸び悩みもあったが、現在では年間で4千億円を超えるまでに成長している。しかし新潟港では、富山伏木港を遥かに上回るペースで貿易額を伸ばしており、現在は年間1兆円を超えるまでに成長している。更なる努力が必要と言えるだろう。

 富山県は、この「富山・伏木港」をまだ十分に活用しているとはいえない。環日本海貿易は、好調なロシア・韓国・中国をターゲットに、さらに伸びる可能性がある。特に、内湾という利点や三大都市圏(首都圏・関西圏・中京圏)への物流拠点としての利便性を、活かしきれてない状況だ。

 「富山・伏木港↓」を確固とした地位にするためには、戦略的な取り組みを行いたいものである。
 近年では、石川県の金沢港もコマツ製作所の工場誘致をきっかけに、規模拡大を目指している。日本海側のライバル港として、「富山・伏木港」を脅かす存在となりつつある。もはや、北陸で唯一の国際港の優位性はない。
 今後、「富山・伏木港」を大きく育ていく為には、長野市や松本市などの、信州経済圏を、いかに取り込むかが重要となるだろう。その為には、北アルプス横断道路を、早期に実現させる必要がある。もし実現できれば、「富山・伏木港」の後背地人口は、飛騨地域も含めて 「350万人」 となり、日本海側最大となる。国際港湾都市として、「富山・伏木港」 は確固とした地位を得ることができるだろう。
 その為のイメージ作りとして、「環日本海のオアシス港湾」を打ち出すことが考えられる。
 後押しとして、環日本海の経済特区としての認定を受ける必要もあるだろう。国内では、沖縄・神戸などが、既に認定を受けてるが、日本海側を代表する形で、富山が経済特区に名乗りをあげるのだ。
 経済特区の内容としては、貿易特区・金融特区・交流特区から構成させる。また日本海側では、新潟港しか指定を受けていない「中核国際港湾」の指定を目指す必要もあるだろう。


 ↑ 富山新港と臨海工業地域

<参考サイト>
○新湊大橋(臨港道路富山新港東西線)
○環日本海経済交流センター(富山県)
○環日本海経済研究所(新潟市)
○経済特区沖縄(沖縄県)
○国際みなと経済特区(神戸市)

<日本海ゲートブリッジ(新湊大橋)のシンボル化>

 いま日本海では、「環日本海ゲートウェイ構想」が注目されている。中国やロシアの経済発展が著しくなり、大陸へのアクセスが重要視されているからだ。そして、日本からアジア大陸への流れとして、日本海側が見直されてきた。もともと日本海側は、太古から大陸との貿易が盛んであり、特に江戸時代の北前船が全盛だった時期には、交易が富を産む「日本海自由経済圏」として確立されていた。日本海では、人・物・金が行き交い、富山の地でも港湾はにぎわいと繁栄を持つ事となる。それはまるで、中世ヨーロッパで栄えた商業を軸とした都市国家「自由ハンザ都市」のようでもあった。
 今一度、日本海を交易が盛んな地域へと導く必要がある。その為には「日本海自由経済圏」の実現を目指し、その軸に富山県を位置づける事が重要だと考える。

 富山新港の新湊大橋は、127メートルの塔柱が2本聳える日本海最大級の吊り橋である。これを、越中が軸に環日本海へと繋がる門(ゲート)として位置づける必要がある。その為には、新湊大橋の俗称を「日本海ゲートブリッジ」と名付けたいものだ。環日本海の各都市からゲートブリッジを通りオアシス港湾都市を目指す。そういうイメージが付けば、新しい日本版自由ハンザ都市「越中市」のシンボルとなるだろう。

<環日本海シーアンドレールの実現>

 日本海側は、かつて北前船時代だった明治維新以前は、まさしく表日本だった。しかし、陸運の発達や経済力のあるアメリカ貿易が主軸となり、表日本は日本海側から太平洋側へ変わってしまう。活気を失った日本海側。だが、いま時代は変わろうとしている。韓国・ロシア・中国の経済発展、そしてアジア諸国の台頭。アジア経済圏は、大きく発展し始めている。特に、ロシアの経済的安定は、ロシアからECとして経済力が高まったヨーロッパへと繋がるシベリア鉄道の役割が重要視されてきた。ヨーロッパでは環境対策が強まり、車から鉄道へ「モーダルシフト」が加速している。その中でも、貨物鉄道は強化されている。このコンテナによる貨物鉄道は、日本でも今後重要視されるだろう。
 いま注目されいるのが、日本海側の港へ鉄道を直結させて、貨物船を経由してアジア諸国やロシアからヨーロッパへと結ぶという「シーアンドレール構想」だ。国土交通省では、鉄道が隣接していた秋田港で、既に実験的な取り組みが行なわれている。この動きは、新潟市や敦賀市などでも検討され、富山県でも可能性が論じられている。
 富山県でのシーアンドレール構想は2案ある。第1案は、貨物専用線のJR新湊線と路面電車の万葉線を接続させ、富山新港のコンテナターミナルと結ぶ案。第2案は、北陸線から富山新港のコンテナターミナルまで新線を建設する案。この第2案は、かつて昭和40年頃に当時の国鉄が構想していた新線案とほぼ同じだ。現実的なのは、第1案だろう。万葉線の路盤強化などの投資は必要であるが、安価に実現できる。東京・名古屋・大阪へアクセスできる富山県のメリットは大きい。富山から環日本海へ、重要なアイテムとなる。

<環日本海の人的交流シンボルに「日本海大学」を据える>

 環日本海自由経済圏を確立させる為には、人的交流が欠かせない。その鍵を握るのが、大学だ。環日本海の人々が、富山を目指す起爆剤として、外へ開かれた大学が必要である。それを担えるのは、現在「富山大学」しかない。これを地元一番の大学(内向け)から、アジア一番の大学(外向け)へと転換する事が大切だ。その為には、内向きの名称から外へ開かれた名称に変更する事が課題だろう。環日本海時代の象徴的な大学として「日本海大学」とする事が大事だ。